大阪城ズレ石

 大阪城ズレ石 
 
大阪城と言えば豊臣秀吉の城ですが、
大阪城を訪れて目にする天守閣に石垣、
天守閣はコンクリート造りで石垣は徳川時代の物です。
 
石垣には、有名な巨石や刻印石のほかに太平洋戦争の名残があります。
機銃掃射でえぐられた石垣や天守閣東側の石垣はB-29の爆撃でズレた跡が見られます。
観光ルートから外れた天守閣東側で、天守閣北東側から覗き込まないと見えません。
 
この歪は当時アジア最大規模の軍事工場だった
大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)空襲の時の爆風でズレたんです。
 
大阪砲兵工廠は、現在の北外濠・東外濠の外縁一帯、大阪ビジネスパーク
大阪環状線の北は京橋駅から南は森ノ宮駅間に有りました。
1945年6月26日、7月14日の大阪大空襲では大きな被害は無かったが、
8月14日午後、約150機のB-29の集中爆撃で大阪砲兵工廠の80%が破壊されました。
 
天守閣辺りは直接爆撃されていませんが、
石垣が爆風でズレほどの集中爆撃は凄かったと思います。
 
先日も大阪ミナミで大阪大空襲の名残の不発弾処理がありました。
 
戦後、焼跡(大阪ビジネスパーク辺り)は不発弾が多く危険だという理由で放置され、
約20年近く更地のままとなっていました。
その敷地から鉄くずを回収し生計を立てる「アパッチ族」と呼ばれる人々が集まり、集落が出来ました。
当時のことを描いて有名に成ったのは、実際にアパッチ族の一員の梁石日さんの作品、
1994年出版の自著「夜を賭けて」です。
 
本も読みました、映画も観ました・・・・。
高校三年の時、時間が有れば単車で走り回っていた頃、
このアパッチ村に単車で迷う込んだ事があります。
 
イメージ 1
DMC-GH4 + SIGMA 19mm F2.8 DN
TV 1/60 AV 4 ISO 2500 焦点距離 19 mm
 
 
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