大阪城七不思議・謎の抜け穴

大阪城七不思議・謎の抜け穴
 

大阪城抜け穴伝説としては、真田の抜け穴伝説が最も有名です。

大阪の陣にさいして真田幸村が城内から
外へ通じる秘密の抜け穴を掘ったという伝説である。
「金城見聞録」(筆者不詳、1804~1817と推定)では、
本丸から二の丸玉造口に通じる秘密地下道があったとの伝説が紹介されている。
二の丸南面石垣の謎の抜け穴は、どの資料にも全く記載がなく、
昭和34年の総合調査まで、400年近く、
その存在すら誰にも気づかれずにきたらしい。
桜見物のついでに撮影。
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EOS5D + EF17-40mm F4L USM
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謎の抜け穴は、二の丸南面、六番櫓西側城壁の上から約15mの位置にある。
約1m角の穴がポックリと、石垣の石が1個抜け落ちたように空いている。
しかし、よく見ると決して石が欠けたものではなく、意図的な穴である。
抗木が組み合わされ奥に続いていた形跡はあるが、
昭和34年に発見されたときには奥行き2mで、その奥はすでに崩壊していた。
この穴から水面までは8m位の高さがあり、
人間の出入りできるような位置ではない。
大手門とは反対側に約20m、教育塔の前からはっきり見える。
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